組織で働くことを辞めるという決断

こんにちは。アフタースクールにじのいえの宮尾智美です。

にじのいえを開業してからあっというまに、5か月がたちました。

この5か月毎日本当にあっというまで、色々自分の今の想いをゆっくり振り返る時間もなく、毎日が過ぎていましたが、5か月たった今、あらめて実感していることがあります。

それはあの時「今の仕事を辞める(組織で働くことを辞める)」という決断をしてよかったということです。

起業する前私は16年間社会教育団体に勤めていました。大学4年生の時の就職活動の時に「仕事は人生の大半の時間を占める」ので、絶対自分の好きなことをしたいと思い就職した組織でした。

労働環境は決して良いとは言えず、厳しいことも、大変なこともいっぱいありましたが、今振り返れば、人にも恵まれ、自分の好きなことが出来て、毎日楽しくて、大好きな仕事だったなと思います。20代のころは上司にも恵まれ自分がしたいこともたくさんさせてもらえました。きっと結婚しても、子どもが生まれても自分はずっとここで一生働いているだろうと思っていました。そのときはそうしたいと思っていました。

でも私は大好きだった組織を辞める決断をしたのです。

2度の育児休暇と復帰をした数年間はとてもしんどくて、母として、一人の女性として、そして組織で働く人間としてどうしたいのか、悩み続けた数年でした。

20代30代前半にはうまくいっていたキャリアビジョンも、上の娘を出産し、復帰し、そして下の娘を出産し復帰しという2度の育児休暇と2度の職場復帰。当時の組織の中でも例があまりなかったので、後輩のロールモデルになれたらという想いで必死で頑張ってきました。でも現実は、自分が思い描くようなキャリアビジョンが描けず葛藤する毎日でした。子育てと仕事の両立が予想以上に大変なこと。育休前と同じように働きたいけど現実はそうはいかないこと。長時間勤務=評価の体質の中でほかの職員と同じようには戦っていけないこと。(企業や人によって違いますが)でも今までのように組織に貢献したいし、結果も出したい。精一杯やるけど、子どもとの時間も大切にしたい。「お母さんがいい~」と泣く我が子を保育園に預け、連日22時や23時の帰宅。自分は何やってるんだろうと落ち込んだり。どっちもいつも中途半端な感じがしていつも葛藤していました。今は仕方ない時期なんだと割り切ったり、周囲の人に「もっと助けて」とうまくお願いできたらもっとよかったのかもしれません。それができない自分も悪かったのだと思います。でも、自分よりも入職時期が後の若い男性職員がどんどん上のポストに行く現実があったり、その当時自分の住む地域で待機児童が発生して困っているママたちがいたので、何とかしなければと組織に提案し、なんとか、認可園の立ち上げにこぎつけ、自分では結果を出していると思っていてもそれが評価に繋がらなかったり・・・。

色々これから自分の人生どうしたらいいだろうと考えていた時、今度は学童保育室に入れずに困っているママがいると聞いたのです。

どうしたらいいのか、すぐにこれを組織に提案するも大きな組織ではなかなか実現にはこぎつけることができず、どうしようかと悩んでいました。

そんなときに出会ったのが横浜市にある認定NPO法人あっとほーむの小栗さんでした。育休や復帰を繰り返していたタイミングで小栗さんと出会っていたら私はもしかしたら逆にまだ組織で働いていたかもしれません。でもそのタイミングではなく、もう少し後のタイミングで出会えたのもまた必然だったんだろうなと思います。

そして、横浜市都筑区で働く女性を支援したいと16年前にマンションの1室で夜間保育を始められ、今は横浜市承認の学童保育も運営している小栗さんのもとで学べば、私も自分の実現したいことを形にできるのではないかと思いました。

そして、2015年3月大好きだった組織を辞める決断をしました。

あのまま、我慢して自分の心にうそをついて、組織で働いていたら今の自分の幸せはないと思います。そして自分と同じように子育てしながら仕事を続ける女性をサポートすることもできなかったと思います。

決断することはとても勇気がいることですが、一度きりの人生なので、自分のやりたいこと、好きなことをしたいと思いました。

たとえ失敗しても、しなかった後悔より、した後悔のほうがいいと思いました。

今はにじのいえの子どもたちと過ごせることが本当に毎日楽しくて、そして働くママをサポートできることがうれしくて、あのとき決断してよかったとあらためて実感しています。

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